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福岡高等裁判所 平成5年(う)267号 判決

被告人 I・R(昭和49.11.5生)

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡家庭裁判所に移送する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人○○作成の控訴趣意書(編略)記載のとおりであるから、これを引用する。所論は、要するに、被告人は、今まで自力で立ち直る意欲を示している上、可塑性に富む少年であるから、このような被告人を刑事手続により処罰するのは不当であり、仮に被告人を刑事手続により処罰するとしても、被告人を懲役10月以上1年4月以下の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、暴走族「甲」の元構成員であった被告人が、他の構成員ら4名(以下「共犯者ら」と総称する)と共謀の上、暴走族「甲」を無断で脱退した当時16歳の被害者を拉致して制裁を加えることを企て、深夜、同人が同棲していた女性宅に押し掛けて上がり込み、被害者の左足太股付近を蹴りつけ、その上着の襟首付近を掴むなどして外に連れ出した上、嫌がる同人を自動車の後部トランク内に押し込めて発進させ、約8.2キロメートル離れた人気のない乙所まで疾走させて約20分間にわたり同人を自動車の後部トランク内に閉じ込めて監禁し(原判示第1の事実)、更に、同所において、被害者を取り囲んだ上、「甲の掟を破ってなんで抜けたとや」などと怒号するをどして、こもごも約40分間にわたって被害者の頭部、顔面、背部等を手拳等で多数回にわたって殴打するなどの原判示暴行を加え、安静加療約5日間を要する全身打撲傷等の傷害を負わせた(同第2の事実)という事案であるところ、被告人は、本件各犯行に及んだ動機について、被害者が被告人と一緒に支払うことを約束していた損害賠償金を持参しなかったことに立腹したからである旨供述しているが、被告人らが本件各犯行を共謀した自動車内では、被害者が被告人らに無断で暴走族「甲」から抜けたことなどが話題に出た後、被害者を拉致して制裁を加える話がまとまっていること、また、被告人が被害者に対して損害賠償金の話をしたのは、被害者が同棲していた女性の母親がいた時だけであって、その後そのような話しは出ていないばかりか、被告人は、乙所において被害者に暴行を加えた際、前記のとおり、被害者が被告人らに無断で暴走族「甲」を抜けたことを追及する言葉を吐いていることなどからすれば、被告人及び共犯者らが本件各犯行に及んだ動機の中には、被害者が暴走族「甲」の後輩に迷惑をかけていることに対する制裁の意味もあったとはいえ、その主たるものは被害者が被告人らに無断で暴走族「甲」を抜けたことに対して制裁を加えるためであったと認められるのであって、これに反する被告人の供述は信用できず、被告人が本件各犯行に及んだ動機に酌むべき事情は全くないこと、しかも、各犯行の態様は、多数の者が、無抵抗の被害者を無理矢理自動車の後部トランク内に押し込めて人気のない乙所まで連行した上、こもごも長時間にわたって執拗に原判示暴行を加えた悪質なものであり、その結果も、本件当日撮影された被害者の写真からも分かるように、決して軽微であったとはいえないこと、被害者は、被告人らから受けた暴行が余りにも強烈であったため、殺されるのではないかとの恐怖心を抱いたばかりか、現在では被告人らからの仕返しを恐れて身を隠しているのであって、本件が被害者に与えた精神的、肉体的苦痛は大きかったこと、また、被告人は、本件の共犯者の中で最も年長であっただけでなく、かつて暴走族「甲」のリーダ一をしており、本件当時も依然として共犯者らに対して影響力を有していたと考えられる上、本件各犯行において被害者に最初に暴行を加えたのはいずれも被告人であったことからすれば、被告人は本件各犯行において主導的かつ重要な役割を果たしているといえること、更に、被告人は、平成4年1月に窃盗等の非行で中等少年院(一般短期処遇課程)に送致されて矯正教育を受けたにもかかわらず、仮退院から9か月余りしか経たない時期にまたしても本件各犯行に及んでおり、被告人の規範意識は乏しいといわざるを得ないことを併せ考えると、被告人の刑事責任を軽視することはできない。

しかしながら、被告人は、本件当時18歳4か月で、現在でも19歳に満たない少年である上、本件各犯行は、悪質なものとはいえ、被害者に回復し難い損害を与えるような重大、凶悪な事件に属する事案とまではいえないことに照らすと、被告人に対しては、刑罰を科す前に、保護処分によってその健全育成を図る余地がないかどうかを検討してみる必要があると考えられる。そこで、このような観点から検討するに、当審において取り調べた少年調査記録等の関係証拠によれば、被告人は、小学校5年生の時に父母が離婚し、兄弟と一緒に父親の下で生活するようになったものの、父親は仕事等の関係から被告人らに対する十分な指導監督ができず、いわば被告人らを放任した状態にあったこともあって、中学2年生の2学期ころから怠学や不良交遊、シンナー吸引等の非行を繰り返すようになり、中学3年生の平成元年10月には窃盗等の非行で不処分に、平成2年5月には占有離脱物横領の非行で保護観察に、平成3年5月には窃盗等の非行で別件保護中を理由に不処分に、平成4年1月には窃盗等の非行で中等少年院送致(一般短期処遇課程)に、同年10月には窃盗の非行で保護観察に(なお、その余罪については審判不開始となっている)それぞれ処せられていることが認められるところ、このように被告人がこれまで何度も家庭裁判所や保護観察所等による指導を受けながら依然として非行を繰り返してきた背景としては、被告人には、年齢相応の社会性が十分成熟しておらず、望ましい価値観や倫理観に基づく批判精神が乏しく、見通しの甘さから自由気ままな行動を採る傾向がある上、不良仲間への帰属意識が強く、依然として遊び中心の生活を送っている面があるといういわば少年特有の資質的な問題点があると考えられる反面、被告人は、少年院を仮退院した後は、少年院在院中に知り合った仲間から誘われるままに窃盗の非行に及んだことがあったとはいえ、以前に比べて日常生活に落ち着きが出てきていた上、夜遊びもほとんどなくなり、転職があったとはいえ、仕事も被告人なりに真面目に続けてきていて、父親や保護司らも被告人の精神的な成長を評価していたものであって、少年院での矯正教育に一定の成果がみられたこと、しかも、被告人は、これまで暴力団組員らとは交際していないだけでなく、その非行内容も、自動車窃盗等であって、犯罪傾向が深刻化しているとまではいえない上、保護観察や一般短期処遇課程での少年院教育しか受けていないこと、また、被告人は、現在パン職人か菓子職人になりたいとの希望を持っている上、当審において、被告人の母親が、今後は同女の姉妹達とも協力して被告人を引き取り、指導監督していきたいとの意向を示しており、被告人を取り巻く保護環境にも変化の兆しがみられることからすれば、被告人については、再度保護処分による矯正教育を施す余地が十分残っていると考えられる。他方、家庭裁判所が本件を検察官に送致したのは、当時被告人が本件各犯行を強く否認していたことから、より厳格な刑事手続において事案の真相を解明し、被告人に対し社会人としての自覚を促すことに主たる理由があったと窺われるところ、被告人は、家庭裁判所の検察官送致決定を受けた後は、不十分ながらも、本件各犯行への関与を認める供述をするようになって、被告人なりの反省をしていると窺われるだけでなく、既に7か月余りもの長期間身柄の拘束を受け、十分反省する機会も与えられたと思われるのであって、もはや被告人に対して刑罰を科す根拠の多くは失われたものと考えられる。

そうすると、被告人を懲役10月以上1年4月以下の実刑に処した原判決の量刑が、その言渡し当時において、重すぎて不当であったとまではいえないが、右に述べたような事情をも考慮すると、現時点においては、被告人に対して刑罰を科すよりは、今一度少年院送致等の保護処分より、被告人の性格の矯正や環境の調整を行い、その健全育成を図るのが相当であると考えられるから、原判決の量刑をそのまま維持するのは重すぎて相当でない。

なお、原審における訴訟手続を職権で調査するに、検察官が本件のような少年事件について公訴を提起するに当たっては、家庭裁判所の少年法20条に基づく検察官送致決定がなされることが訴訟条件になると解されるところ、原裁判所においては、家庭裁判所が同条に基づき本件を検察官に送致するとした決定書等の取調べが行われていないことが明らかである。しかし、当審において取り調べた福岡家庭裁判所裁判官作成の決定書及び司法警察員作成の少年事件送致書抄本によれば、同裁判所は、平成5年4月23日、少年法20条に基づき、本件と公訴事実の同一性を有する被告人に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害、逮捕監禁保護事件を福岡地方検察庁検察官に送致したことが認められる上、検察官が少年事件について公訴を提起するに当たっては、家庭裁判所からの検察官送致決定が客観的に存在していれば足りると解されるから、本件に関する公訴提起の手続が違法であったとはいえない。これに対し、刑事裁判所が少年事件について判決するに当たっては、検察官が公訴を提起した事件が家庭裁判所を経由していること、すなわち前記訴訟条件が存在していることを職権で調査した上で行うべきであると解されるから、原裁判所が、この点についての調査を尽くさないまま本件について判決したのは違法な手続であったといわざるを得ないが、右訴訟条件の存在の有無は犯罪事実の存否を左右する性質のものではなく、そのような訴訟条件が要求されている趣旨は、少年事件については家庭裁判所による保護を優先させるとの少年法の理念に基づくものと解されるから、本件のように、客観的には訴訟条件が具備されているような場合には、第1審裁判所が右訴訟条件の存在についての証拠を取り調べていなかったからといって、それが少年の防御権を侵害するとか、少年の利益を害するとはいえず、結局、原判決の訴訟手続の瑕疵が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとまでは認められない。

よって、刑訴法397条2項により原判決を破棄した上、少年法55条を適用して、本件を福岡家庭裁判所に移送することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 濱崎裕 川口宰護)

〔参考1〕 原審(大阪地平5(わ)397号 平5.7.13判決)〈省略〉

〔参考2〕 受移送審(福岡家平5(少)2795号 平6.2.18決定)〈省略〉

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